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2006年9月13日 (水)

『マンガ産業論』中野晴行著

書評『マンガ産業論』中野晴行著、筑摩書房、2004年、1680円 (評者 堀田穣)

マンガ評論が本格的に行われはじめたのは、1970年代、若者たちのカウンターカルチャーとしてマンガがクローズアップされた時だろう。このころは他のサブカルチャー評論、映画評や音楽評論なども盛んに行われ、それぞれ力があったのだ。しかし、映画や音楽は、それを書き言葉で論評することにそれほど違和感を受けなかったのだが、マンガに関しては違った。どのように論評してもこじつけているようにしか感じられず、マンガが表現していることを言い表しているようには読めなかった。これはおそらく、映画や音楽は、カメラや楽器を表現の道具として、記述とは違う過程で作られているが、マンガはペンと紙という、言語記述と変わらないプロセスを経ていることに問題があるような気がした。
であるから、後に夏目房之介が自ら、他のマンガ家のタッチを模写しながらマンガ評論を展開し始めたのを見た時に、その方法論に強く共感したのだった。マンガはマンガによって論じられなければ解らない。あるいはマンガの持つ描写と記号の二重性をどうマンガ評論の方法とするかということだった。
ところでその夏目が2001年に『マンガ 世界 戦略―カモネギ化するかマンガ産業』(小学館)という本を出した。これは表現論ではなく、日本マンガが世界に紹介されていく中で、逆に浮き彫りになってきたマンガ産業の問題を描いたものだった。夏目のものは、かなり体験的に書かれたものではあるが、その延長線上に、より客観的な立場をとったのが今回の中野晴行の『マンガ産業論』である。
『マンガがあれほど売れたのも、売れなくなったのも、同じ根っこから生じている、と思い至ったのだ。売れていたものが売れなくなったのは、いきなりなんらかの突発的な事態が生じたのではなく、売れていたときと同じ理由で売れなくなったのではないか』(P10)
著者は手塚治虫の研究書『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『手塚治虫のタカラヅカ』(いずれも筑摩書房)を持ち、また長くマンガの編集者として活動してきた。しかし出身が和歌山大学経済学部であり、銀行マンを7年も務めていた経歴を持つ。ご本人の話では、実はマルクス経済学が基礎になっていますとのことである。世代的にいうとゴジラ世代、団塊の世代の直後の世代。中野はこの本で日本人が戦後マンガを通してどのような経験を経てきたかを見つめている。
たとえば次のような指摘。
『日本のマンガは、紙に印刷されたものを読む(見る)だけで、動きや音や、時にはにおいまで読みとることができるように、非常に複雑な「文法」を駆使している。(中略)外国の読者が読みこなすのは極めて難しい。コマの流れをどう辿るのか、フキダシの形の違いは何を意味するのか?日本の読者なら意識しないでスイスイと読み飛ばせるような記号までもが、大きな障碍になってしまうのだ。』 (P67)
だからこそ海外にテレビアニメが受け入れられているのである、というようなところはマンガとアニメを混同しがちな一般の日本人からすれば、プロの視点である。中野は、本書の中でさらに、学習塾の先生に聞いた話だが、として最近、マンガの読解力がない子どもが出てきていることを書いている(P191)。
マンガは今やスーツ姿のビジネスマンたちが注目する成長産業だが、それに見合うサブカルチャー研究として注目され、その研究が進んでいるわけではない。アニメだけをとっても、2003年の草薙聡志の『アメリカで日本のアニメはどう見られてきたか?』(徳間書店)は基礎研究的な仕事だが、この本がよく売れているとは聞いたことがない。ウェッブ連載で注目された皆川ゆかの『アニゲノム~日本動画興亡史』も人気が出ず中止のようだ。
中野晴行の『マンガ産業論』がビジネスマンたちにもよく読まれ、彼の編集になる手塚やちばてつや、さいとうたかを、赤塚不二夫、水野英子、石ノ森章太郎、水木しげるなどマンガ家の自伝的マンガを集めた『マンガ家誕生』(ちくま文庫)などが話題に上がるようにならなければ、と思う。夏目や中野が危惧するように、このままでは、日本マンガはヘーシンクに敗れた時の日本柔道のような状況になってしまうのは目に見えているのだから。

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